昭和8年津波後の第一堤防のみ残る新しい堤防は跡片もなし
たろう観光ホテル(この6階で津波のビデオをみました)
高台の家の下は町が全く存在しない
一艘だけ残った観光船上から
盛岡から宮古へでて、国道45号線で三陸海岸を大船渡、陸前高田と通り気仙沼から仙台まで戻るバス旅行でした。龍泉洞、北山崎展望台、浄土ヶ浜の景勝地は観光客減少、土産物販売、レストランなど復旧はいまだ。被害の無かった家屋の住民も、仕事や生活施設の喪失が続いている。三陸の半島の付け根に作られた町や集落
はどこも津波で喪失。ただ、湾の形や地形などにより被害の状況は異なる。宮古市田老地区と陸前高田で地元の方々から、津波被害と復興の現状についた説明を受けました。
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